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日本国憲法のお誕生 その受容の社会史 江橋崇著:東京新聞 TOKYO Web

◆物品史料が示す歴史の真実
[評]佐藤卓己(京都大教授)

 「占領下の押し付け」に反発する改憲派、玉音放送で国体から解放されたとする「八・一五革命」を唱える護憲派、いずれの憲法神話ももうたくさん。そう感じる私にとって目からうろこの快著である。

 臨床憲法研究者を名乗る著者は、普通の学者が依拠する文献史料ではなく、周辺的な物品史料から日本国憲法の成立を丹念に検証している。憲法記念紙芝居、祝賀レコードなど「新憲法普及啓発グッズ」、切手、絵葉書(はがき)などの「記念品」、「記念映画」や「啓発用テキスト」などである。

 つじつま合わせの官庁報告書、嘘(うそ)が多い当事者の回想などの文献に比べて、語らない物品の方が歴史の真実を示す場合は少なくない。例えば現行憲法の成立当時、表記は旧字で「日本國憲法」だった。それは天皇の詔勅などおごそかなものには「國」を使用すべきだと考えられていたからである。そこに読み取れるのは、天皇による大日本帝国憲法の改正と「発布」という国体護持の信念である。しかしGHQは天皇の行為を印象づける「発布」の使用を禁じたため、新聞表記はすべて「公布」となった。だとすれば、憲法記念日が公布の十一月三日(戦前の明治節)ではなく、施行の五月三日とされた理由も明らかだろう。かくして、戦前との連続性を否定し、戦後に主権者となった国民が新たに憲法を制定したという神話が創られていった。

 やがて「日本國憲法」の表記は「日本国憲法」になった。制定当時から論争があった読み方も変化した。「日本」を戦前同様に元気よく「にっぽん」と読む昭和天皇と、やわらかく「にほん」と読む平成の天皇では当然ながら憲法観も大きく異なっている。

 今日この憲法の三大原理は、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重と教えられているが、当初は主権在民・戦争放棄・文化国家建設とされていた。公布日が「文化の日」となったのもそのためである。

 来年七十五歳となる憲法だが、タイトルの「お誕生」という表現に著者が込めた、憲法と国民の微妙な距離感はもう解消されたといえるだろうか。

 (有斐閣・2420円) 

1942年生まれ。法政大名誉教授。著書『「官」の憲法と「民」の憲法』など。

◆もう1冊

境家史郎著『憲法と世論』(筑摩選書)。「九条=戦争放棄」を知っている有権者は何割? 憲法世論の分析による神話解体。

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