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【MOVIEブログ】2020東京国際映画祭作品紹介 「Tokyoプレミア2020」欧米前編 | .

東京国際映画祭の今年限りの特別部門「Tokyo プレミア 2020」の作品を紹介していきます。全32本あるので、ブログは6回に分ける予定です。

今年は海外審査員の招聘が見込めないだろうと、早い時点で予想が立てられました。それはスクリーンで作品を鑑賞してもらうというまっとうな審査が出来ないということであり、かといってオンライン審査にも違和感があったため、賞を競う部門の見直しへと繋がることになりました。その結果、コンペ部門はお休みとし、従来の「コンペティション」「アジアの未来」「日本映画スプラッシュ」の3部門を統合し、今年限りの特別部門「Tokyo プレミア 2020」を立ち上げ、その中の世界の新作を見せていこうという方針を立てたのでした。作品をフラットに並べて、観客に新作を楽しんでもらうショーケース部門というわけです。

様々な意見がありましたが、とにかく今年は映画祭もスペシャル・エディションであり、大部門となった「東プレ」を大きくアピールしていきたいと思う次第です。

統合してできた部門であるということですが、従来の3部門があれば入っていたであろう、若手やインディペンデントの作品も積極的に取り上げています。結果として若手がかなり多いセレクションになりましたが、とてもバラエティに富み、面白いラインアップになったのではないかと思っています。

32本の作品がありますが、便宜的に、欧米作品(10本)、日本作品(10本)、アジア作品(12本)、の3つに分けて紹介していきます。地域内の紹介順は順不同です。ではまずは欧米から!

『二月』
『二月』というシンプルなタイトルを持つこの作品は、ブルガリアのカメン・カレフ監督の新作です。カレフ監督は、『ソフィアの夜明け』が2009年の東京国際映画祭でグランプリを受賞し(映画祭時の上映タイトルは『イースタン・プレイ』)、映画祭と縁の深い存在ですが、ああもう11年前になるのですね…。感慨深いです。

痛ましい現代ブルガリアの都会の空気を描いた『ソフィアの夜明け』が長編デビュー作で、その後にカップルが黒海の離島で危機を迎える『The Island』(11)、さらにメルヴィル・プポーが東欧の人身売買の闇に関わる『Face Down』(15)を作り、その次の長編4本目が本作『二月』ということになります。11年間の4作品は主題もスタイルも様々ですが、『二月』の持つ詩情は処女作に近いものがあり、そして監督本人のルーツにも関わる内容であると言えます。

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作品は3部構成からなっていて、ひとりの男の一生をじっくりと見つめていく映像詩です。冒頭、辺境の地と思われる小屋の内側から、扉越しに外を見せ、フレームに少年や犬が入っては出て行く長廻しの固定ショットに、早くもうっとりしてしまいます。世間から隔絶されたような山の中に、少年は祖父と暮らしており、村に行きたくてしょうがない…。

男の一生のうち、少年期、青年期、老年期という3つの時期を切り取って見せます。説明はほぼなく、男が何を考え、何を感じているのか、観客の想像に委ねられます。淡々とした日々の生活を眺めながら、男の孤独に思いを重ねているうちに、男とともに観客も自然と一体化していくような錯覚に陥っていくはずです。

大自然を時に美しく、時に荒々しく見せていく映像美に飲み込まれますが、この地はカレフ監督の祖父が育った地であるといい、監督の母親が生まれた村であるようです。作品の主人公も、祖父がモデルだと言い切ってよさそうです。そこに監督が何を見出そうとしたのかは、観客に委ねたいと監督は語っていますので、これ以上僕は余計なことを書かず、みなさんと映画祭で改めて楽しむことにします。

大スクリーンで、圧巻の映像美を浴び、アート映画の醍醐味を味わってもらいたいと思います。

『バイク泥棒』(c)Ugly Duckling Films and Ellipsis Pictures, in association with Twickenham Studios『バイク泥棒』
『バイク泥棒』は、ロンドンで暮らすルーマニア移民家族の苦境をリアリズムで描く、スリリングなドラマです。

ここ何年もの傾向として、「移民/ボーダー」を主題として扱う作品が世界的に目立っているということは、過去のブログでも書いてきている通りです(格差社会とジェンダーがそれに並びます)。そしてこの傾向は、今年さらに顕著になった印象があります。いや、この主題を扱う新たな秀作が続々と手元に届いた、と言った方が正確かもしれません。「東プレ」だけでなく、他部門にも移民関連映画の秀作が多いので、是非注目してもらいたいところです。

『バイク泥棒』もそんな1本です。ロンドンでギリギリの生活を送るルーマニア人の男が、デリバリー業で家族を支えている。妻も清掃業で家計を支えるが、安定には程遠い。子どもも二人いる。真面目に働き続けているのに、生活は全く楽にならない。そんな時、デリバリー業を支えるバイクが盗まれてしまう…。

一家の命運が一台の原付バイクにかかっているという状況のもろさに、胸が締め付けられる思いになります。そしてその危うさが、否が応でもサスペンスを盛り上げ、夫の焦りが生む切迫感に乗って映画はドライブしていきます。夫婦の追い詰められた状況と合わせ、ロンドンに溶け込みきれない移民の辛さ、移民を支える裏コミュニティーの事情などが描かれていきます。そして、「移民」とひとくくりにされてしまうけれども、一人ひとりが個々の人間なのであるという監督のメッセージも伝わってきます。

イギリスのマット・チェンバーズ監督による長編1本目です。移民政策がイギリスのEU離脱の理由のひとつになったのであり、そんな自国の移民の姿を見つめてみたいという思いが監督にあったに違いありません。

夫役のアレック・セカレアヌは『ゴッズ・オウン・カントリー』(17)の世界的な成功でブレイクしたルーマニア期待の俳優。そして妻役には『4ヶ月、3週と2日』(07)以来国際的存在として活躍するアナマリア・マリンカが扮し、現代ルーマニアを代表するキャストが緊迫感溢れるドラマを引き締めています。

『最後の入浴』(c)C.R.I.M./BOCALUPO『最後の入浴』
『最後の入浴』は、ポルトガルの作品。陽光降り注ぐ美しい山間の土地を舞台にした、伯母と甥の関係を巡る心理ドラマであり、自己探求のドラマでもあります。

40歳の修道女であるジョゼフィーナは父の訃報を知って故郷の村に帰る。そこで両親に見捨てられ、祖父と暮らしていた15歳の甥と再会する。不憫に思ったジョゼフィーナは甥の面倒を見るが、やがて自分の心の揺れに気付いていく…。

倒錯的な内容を煽るつもりはなく、そういう意図を持った作品でもないのですが、キリスト教に忠誠を誓った厳格な女性の欲望との葛藤がひとつの軸にはなり、眩い自然の光とヒロインの心の闇がコントラストをなしていきます。甥は15歳にしては、外見は大人でありながら、内面の成長は追い付いていないようで、風呂では満足にひとりで体を洗えない幼さであり、伯母の世話が欠かせません。

デイヴィッド・ボヌヴィル監督は、ネグレクトが子どもの成長に与える影響や、あるいは地元に根付くキリスト教に自我の目覚めの葛藤を絡めながら、アイデンティティを巡る普遍的なドラマを紡いでいきます。

舞台となるポルトガル北部のドウロ渓谷という土地は、調べてみると(アクセスが悪いため)観光の穴場として知る人ぞ知る場所のようです。景観の美しさに目を奪われつつ、深く掘り下げられたキャラクターたちの内面に思いを巡らせたい作品です。

ジョゼフィーナに扮したアナベラ・モレイラは、地味な村人から魅惑的な女性まで演じるカメレオン女優であると紹介される存在で、本作でもヒロインの変貌を見事に表現しています。また、甥の無責任な母親は劇中ではジョゼフィーナの妹にあたりますが、演じているマルガリータ・モレイラは、アナベラ・モレイラの実際の双子の妹であるというプチ情報も添えておきます。

ボヌヴィル監督はマノエル・ド・オリヴェイラ監督の助手としてキャリアをスタートさせ、BBCで働く傍ら短編の製作を続け、ロカルノやサウス・バイ・サウスウェストなどの有力海外映画祭で受賞を重ねています。本作が待望の長編第1作であり、東京国際映画祭がワールド・プレミアの場であります。是非、世界で最初の観客となる歓びを体験してもらいたいと思います。

『マリアの旅』(c)Lolita Films, Mediaevs, Magnetica Cine, Smiz & Pixel, La Vida Era Eso AIE『マリアの旅』
『マリアの旅』はスペインの作品。英題は「That Was Life」、つまり「あれこそが人生だった」というニュアンスなのですが、どうしても上手い邦題が浮かばず、内容から汲んで『マリアの旅』としました。ただ、実に「あれこそが人生なんだよ」という映画なのです。

スペインの出身でいまはベルギーのブリュッセルに暮らすマリアは、孫もいる老年期の女性で、大家族に囲まれて幸せな日々を送っている。体が少し不調になり、入院すると、若いヴェロニカと同室になる。奔放なヴェロニカに最初は戸惑うものの、徐々にふたりは心を通わせていく。しかしヴェロニカの容態が急変すると、マリアの人生も大きく影響を受けていく…。

というのが触れられる精いっぱいのところでしょうか。作品は途中から大きく転換していき、そこが見どころになっていくのですが、マリアが老人ではなく、ひとりの人間として生きる自由を手にする道程を描いていきます。老人に対する我々のステレオタイプな偏見を鮮やかに覆し、人間の尊厳を讃えるダビッド・マルティン・デ・ロス・サントス監督の姿勢の清々しさに胸を打たれます。

監督が本作の着想を得たのは、臨終間際の母に付き添った時のことだと記しています。当時本作の脚本の中で、母親は生き続けるのかもしれないね、とこれも亡くなってしまった近しい友人が言ったそうです。亡き者たちが自分に伝えようとしたことを通じて、彼らは自分の中で生き続きけるのだと監督は考え、ある意味で本作は避けられない死を超越しようとする物語だとも言えます。

監督の優しく懐の深い世界観とストーリーテリング、そして何といってもヒロインを演じるペトラ・マルティネスの愛しく力強い存在感に酔って頂きたい作品です。

マドリッド出身のダビッド・マルティン・デ・ロス・サントス監督(なんというかっこいい名前)は、4本の短編作品で80を超える受賞を果たしています。ドキュメンタリー作品も手掛けてきており、本作がフィクション長編監督第1作となる期待の存在であります。

『アップル』(c)Boo Productions and Lava Films『アップル』
『アップル』はギリシャからの作品です。これも出来れば内容に一切触れたくないので、紹介が難しい。とにかく見て下さい!と言いたいところなのですが、気を付けながら紹介してみます。

まず映画の内容に触れる前に、本作が長編1作目となるクリストス・ニク監督は、ギリシャから新たな才能の出現である!と興奮を伝えるところから始めさせて下さい。84年生の監督は短編作品が数多くの国際映画祭で上映され、過去10年はヨルゴス・ランティモス監督(『籠の中の乙女』/09)やリチャード・リンクレイター監督(『ビフォア・ミッドナイト』/13)などの助監督を務めており、その他敬愛する監督と作品としてスパイク・ジョーンズの『her/世界でひとつの彼女』(13)やレオス・カラックス『ホーリー・モーターズ』(12)などを挙げ、さらにチャーリー・カウフマンの総てが好きだということなのです。

現実味を失わずに世界を少し別の角度から眺める作家を好み、現代ギリシャの鬼才、ランティモスの薫陶を受けた存在の、満を持しての長編デビュー。これだけで興味を持ってくれる人は少なくないはずです。

本作は、いまより少し昔、情報テクノロジーがこれほど発達していない時代を舞台にしています。そこにかすかにSF的な風味が加わっていますが、これはとてもかすかなのではっきりとはしません。

茫然とした中年の男が、医者のセラピーを受ける。何が起きたのかは分からない。かくして、失われた自分を取り戻すべく、テープレコーダーやポラロイドカメラで自分を「再構築」する治療が始まる…。

監督は記憶と人格の関係に注目します。記憶が人格を作るのか、人格が記憶を操作するのか…。スタンダード・サイズの画面はレトロなモードの内容と合致し、そしてその狭い画面は男の孤独な魂を強調していくようです。すこしセピアがかった、フィルムの感触を残した映像に、まず強い特徴が感じられます。

淡々とした進行の中にどことなくユーモアも漂い、シュールな面もありながら飄々とした雰囲気もあり、その上で個人の内面を優しく丁寧に見つめていくという、たまらない個性とセンスを備えています。根底にあるのは、愛であると言ったら陳腐でしょうか。しかし、シュールな味わいを備えた個性派作品であると言いつつ、鑑賞後は胸がいっぱいになることをお約束致します。

以上、短編で実力を蓄え、満を持して長編1作目を完成させた監督の紹介が続きました。いずれも異なる魅力を備えた作品ばかりです。お楽しみに!

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