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実写映画『ムーラン』を観る前に学ぶ中国の伝説『花木蘭』とその周辺

ヒップホップやR&Bなどのブラックミュージックを専門に扱う音楽情報サイト『bmr』を所有しながら音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第19回。

今回は、1998年のアニメーション映画『ムーラン』が実写映画化となり、日本では2020年9月4日からDisney+ (ディズニープラス)で配信されることを記念して、題材となった中国の伝説『花木蘭』について、そしてその周辺の中国の物語について解説していただきました。

*コラムの過去回はこちら。

「ムーラン」予告編

1998年のアニメ映画『ムーラン』を思い出す。

ムーランの声を担当したのはミンナ・ウェン。ジャン=クロード・ヴァン・ダム主演の実写版『ストリート・ファイター』でチュンリーを演じ、最近では『エージェント・オブ・シールド』に出ている蘇州系マカオ系アメリカ人女優だ。

隊長役は、『ジュラシック・パーク』シリーズで恐竜の遺伝子を改造し続けた博士役の香港系アメリカ人(いつまで経っても若い)B・D・ウォン。皇帝は「Mr.ミヤギ」ことパット・モリタ、ご先祖さま役は『スター・トレック』のジョージ・タケイ。また『大怪獣ヨンガリ』にも『007 黄金銃を持つ男』にも出た伝説の韓国系アメリカ人、スーン=テック・オーも声を提供していた。

もちろん小さなドラゴン「ムーシュー」はエディ・マーフィの声優としての当たり役だし、他にも非アジア系キャストはいる。それでも、当時としてかなり出自に配慮したキャスティングだったのではないか。

 

我が丸屋一族内では『アーサー王物語』やケルト神話や北欧神話が必読である。このように、我々東アジア人は欧米の物語や伝説にそこそこ慣れ親しんでいるものだ。

では、逆はどうか? つまり、我らが東アジアのレガシーは(例えば)英語圏で、どれほどメジャーなのか?

中国四大奇書を例にとると、”Journey to the West”として知られる『西遊記』が、やはり最もメジャーなようだ。日本でもしばしば『西遊記』が『孫悟空』と題されるのと同様、”The Monkey”や”Monkey King”で代用されることも少なくないが。

The New Legends Of Monkey | Official Trailer [HD] | Netflix Futures

 

一方、『三国志演義』は”Romance of the Three Kingdoms”と訳される。ここでの「ロマンス/Romance」は「大衆向け物語」の意味だが、響きのインパクトゆえ、この英題を聞いた我が台湾の友人たちは「ゲイ・バージョン?」と困惑するのであった……ちなみに正史の方の『三国志』は”Chronicles of the Three Kingdoms”である。

と、ここまでは比較的知られている方だが、可哀想なのは『水滸伝』だ。”Water Margin”や”Outlaws of the Marsh”と、英題が定まっていないのである。さらには”All Men Are Brothers”というカーティス・メイフィールド的な珍訳も! なお、「梁山泊」の英訳として”Mountain Brothers”というものがあり、それを名乗ったのがアジア系アメリカ人ヒップホップの先駆け、マウンテン・ブラザーズだ。

Mountain Brothers – Galaxies: The Next Level [HQ]

『水滸伝』のスピンオフ官能小説『金瓶梅(きんぺいばい)』に至っては、金蓮と瓶兒と春梅という3人の女性(妻か愛人)の名前から取られているので、訳しにくいことこの上ない。”The Plum in the Golden Vase”という英題——「金の瓶のなかの梅」という意味?——も見かけたが、それは誤訳ちゃうか。もっとも、そこにツッコミを入れる人も少ないのかもしれない。

そして『ムーラン』。これまた英語圏ではさして有名でもなかった。1998年までは。だから、現在の全世界的な知名度は、確かにディズニーのおかげだろう。

原典はとても古く、6世紀に書かれた詩『木蘭詩』もしくは『木蘭辭』である。英題は”Ballad of Mulan”だ。

……北方の遊牧民の侵攻にさらされた中国北部。花ファミリーの娘、花木蘭(ホァ・ムーラン)は悩んでいた。一家族につき男性一人が徴兵されることになったが、父は年老いているし、弟は子供だ。そこで彼女は自身が男装して従軍することにした。剣術、弓術、格闘技に秀でいたからだ。

こうして兵士となった彼女は軍事的才能を発揮、遊牧民を相手に各地を転戦し、自軍を勝利に導くこといくたびも。12年も従軍したのちに表彰され、司令官の地位を提案されたムーランだが断る。一頭のラクダを譲り受け、故郷に帰って家族と再開し喜びを分かち合うムーラン。やがて、女性の姿に戻ったムーランは戦友たちと再会する。彼らは12年も生死を共にしていながら、ムーランを女性と気づかなかったことに驚くのだった……。

1998年のアニメ版と違い、元の伝説には小さなドラゴンなど出てこない。我々が住む東アジアでは、ドラゴンは恐れ多い存在であり、Ain’t Nuthing ta F’ Witだから。

 

舞台となっているのは4〜6世紀の中国北部。ということは、日本で言えば聖徳太子に近い時代だ。『三国志演義』と比べれば新しいものの、『西遊記』『水滸伝』『金瓶梅』より古い。つまり、かなりのオールドスクールである。

このムーランの物語が東アジアで人気を博した理由はもちろん、親孝行がテーマだから。我々が生きているのは儒教圏なのだ、好むと好まざるとにかかわらず。

それに加えて、「男装の女性剣士」に惹かれない者がどこにいようか? 『リボンの騎士』のサファイアや『ベルサイユのばら』のオスカルから『ゲーム・オブ・スローンズ』のArya Starkに至るまで、彼女たちはいつもかっこいい。

それが証拠に……17世紀に書かれた歴史小説『隋唐演義』には、ムーランの二次創作パートがある。そこでは、隋末の混乱期に軍閥を率い「夏王」を自称した竇建徳の娘「線娘(シャンニャン)」もまた女剣士であり、「ソード・シスターズ」としてムーランと姉妹の契りを交わす……という勝手なストーリーが展開されるのだ。

 

元はポエムだから、中国四大奇書とは比べようがないが、それでも——先の二次創作の例を見てわかる通り——何度も翻案されてきた。

20世紀に入って映画という産業が始まると、『木蘭従軍』というストレートにミリタントなタイトルで作品化されることが多くなったムーラン。その中では、1939年に日本軍占領下の上海で映画化されたバージョンが特筆ものである。同作は「北方の異民族と戦うムーラン」の物語に、日本軍への抵抗を込めた作品らしい……が、同地の中国人スタッフの内心を察していた日本側責任者はこれを黙認したという……。

 

これらのムーランの物語に登場する「北方の遊牧民」を歴史的に検証すると、どうやら「柔然」らしい(ただし「突厥」説もある)。だが、1998年、アニメ映画『ムーラン』が公開された当時は、「中国を攻めるフン族」云々と書いた記事も見かけた気がする。フン族はアッティラ大王に率いられ東方から欧州にやってきてゲルマン民族の大移動を引き起こした集団であり、つまりヨーロッパ史の用語。ムーランは中国が舞台だというのに。

実は、英語圏には「文明世界を侵略する騎馬遊牧民は、とりあえずフン族と呼んでおけ」という風習があるのだ! 英語圏のことは仕方ないとしても、匈奴から粛慎まで様々な民族呼称に慣れ親しんだ我々東アジア人が、それに倣わんでもええのちゃうか、と思う。

 

先ほどは「ムーランの舞台は4〜6世紀の中国北部」としか書かなかったが、細かくいうと北魏(386〜534年)である。

後漢が崩壊していく中、なし崩し的に始まった三国時代から、魏晋南北朝〜五胡十六国と200年ほども続いた分裂・混乱・王朝乱立の時代に、一つの区切りをつけた王朝だ。華北(中国の北半分)を統一し、五胡十六国時代を終焉させたのだ。

そんな北魏を建国したのは「鮮卑」という民族。つまり、本来は自身も「北方遊牧民」であり、漢民族を征服した側なのだ。しかし漢文化を受け入れ、中国語を話すようになり、やがては中国文明の守り手として、別の「北方の遊牧民」と戦う立ち場になる。6世紀後半に華北のみならず中国統一を成し遂げた「隋」、そして、その隋を継承し中国史を代表する帝国となった「唐」も、実は北魏と同じく「鮮卑」系の王朝だという。

ここからわかるのは……言語も、文化も、もちろん国籍も、民族的アイデンティティすら、絶対不変とは程遠く、移ろいゆくものだ、ということ。「嫌韓」「反中」を志す諸氏は、自分の体内に流れる半島や大陸の血をいまいちど確認されるといいのではないか、と思う。ムーラン自身も——実在したとして、の話だが——「民族的には鮮卑では?」と言われているし。

もう一度、1998年版『ムーラン』に話を戻すと。この映画、サウンドトラックの多様さが注目ものだ。イタリア盤、スペイン盤、ラテンアメリカ圏スペイン語盤、ギリシア盤、ポーランド盤、北京語盤、フランス盤、フランス語圏カナダ盤、アラビア語盤……と、多種多彩なのだ。

つまり『ムーラン』は、それほど多様な言語圏と文化圏に受容された、ということである。ディズニーだから当然と言われればそれまでだが、1500年ほども前の中国北部の伝説が、ここまで広まるとは。コンテンツが越境する時代の一つの象徴だったのかもしれない。

そんなサウンドトラックの本家本元アメリカ盤からヒットしたのが「Reflection」であり、この曲からエクアドル系(たぶん)アメリカ人シンガー、クリスティーナ・アギレラのキャリアが開花するのだから、越境上等もここに極まれり、なのである。

Christina Aguilera – Reflection (2020) (From “Mulan”)

Written By 丸屋九兵衛

ムーラン/予告編|9月4日よりプレミアアクセスで独占公開 Disney+(ディズニープラス)

映画『ムーラン』

2020年9月4日よりディズニー公式動画配信サービス Disney+(ディズニープラス)にて、
プレミアアクセス[2,980円(税抜)]として、提供開始時は独占配信

公式サイト

愛する父の身代わりとなり、男性と偽って兵士となった彼女を待ち受ける運命とは…? 感動のドラマとスペクタクルな戦闘シーンが織りなす、かつて誰も観たことの無いファンタジー・アドベンチャーが誕生。

『ムーラン オリジナル・サウンドトラック』
2020年9月4日(金)デジタル配信
9月11日(金)国内盤CD発売

連載『丸屋九兵衛は常に借りを返す』 バックナンバー

■著者プロフィール

maruya

丸屋九兵衛(まるや きゅうべえ)

音楽情報サイト『bmr』の所有者/音楽評論家/編集者/ラジオDJ/どこでもトーカー。2020年現在、トークライブ【Q-B-CONTINUED】シリーズを展開。他トークイベントに【Soul Food Assassins】や【HOUSE OF BEEF】等。

bmr :http://bmr.jp
Twitter :https://twitter.com/qb_maruya
オンライントークイベント:https://peatix.com/group/7003758/events
手作りサイト :https://www.qbmaruya.com/

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