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不自由になった世界で気づくこと。アニメ『日本沈没2020』で湯浅政明監督が追求したリアル | 朝日新聞デジタル&M(アンド・エム)

いまの時代だからこそ、見てほしい作品がある――。

ドラマや映画など数多く映像化されてきた小松左京の名作『日本沈没』。2020年夏には、現代を舞台に描かれる『日本沈没2020』がNetflixオリジナルアニメシリーズとして配信される。大震災に見舞われ、沈みゆく日本列島。その中で生きようとする一家の姿が、実に生々しく表現されている作品だ。

本作のメガホンを取ったのは、湯浅政明監督。アニメ映画『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーのうた』など国内外問わず数多くの受賞歴を持ち、2020年1月からNHKで放送されたアニメ『映像研には手を出すな!』でも大きな注目を集めた。日本アニメ界を牽引する一人と言えるだろう。

湯浅監督の作品は動きを感じる柔らかい絵柄と独特なパース(遠近法)やカメラワークを駆使した映像表現が特徴的だ。そして、アニメにもかかわらず、なぜかリアルさを感じる瞬間があった。

キャラクターへの理解が、作品のリアリティーに繋がる

「作品の中で突拍子のない出来事が起きても、人の気持ちはリアルだと実感できるものにできたらなといつも思っています」

湯浅監督が作品をつくり始めたときから、変わらずに意識してきたことだった。そしてそれは、幼少期の原体験がキッカケとなっている。湯浅監督は幼少期、周りから「変わった子」と言われていた。そういった言葉がとても嫌だったと話す。「なぜ変わった子と言われるのだろうか」、そんなことを考えていたそうだ。

「変わり者だと言う人に自分を理解してほしくて、気づいたら相手のことをすごく考える癖がついたんです。理解されないから、理解してほしくて、人を理解しようとしていたんでしょうね」

この、人を理解していく作業に「面白味」を感じると湯浅監督は話す。

「人と人は完全に分かり合えていないのに、それに気づかず生きている。だから、争いが起きることもあります。同じ映画を観ていても同じ感想を持つとは限らない、数十年と長く一緒に居ても理解していないことがある。なんでだろうと驚くこともあるけど、同時に面白さも感じていて」

「理解し合えないと、自分が正しい・相手がおかしいと決めつけることもできますよね。でも、僕は相手がそう感じたことへの理由を突き止めたいし、自分も実践してみたいと思う」

相手を理解しようとする癖が、作品のキャラクターづくりに大きな影響を与えていた。

「描くキャラクターたちもぞんざいに扱いたくないんです。この人にはこの人の考えがあるから理解してあげたいと思っています。そういう部分を作品の中で表現するのはおもしろい」

湯浅監督のキャラクターへの理解が、リアリティーのある人物描写につながった。

過酷な状況下でも、楽しむことを忘れてほしくない

これまで映像化されてきた『日本沈没』は、一般市民の視点がメインで描かれることはほとんどなかった。しかし『日本沈没2020』は、日本が沈没していく中、“ごく普通の家族”が前を向いて進む物語となっている。

「地震はプレート移動のひずみによって起こるだなんて、『日本沈没』の映画が公開されたとき初めて知ったくらいで。そういった知識を学べるような作品でした。でも、いまは地震のメカニズムを知っている方も多い。だから、これまでと同じ場所へ焦点を当てるのは違うかなと」

「日本が沈没するとなったら、人はどういう気持ちになるのだろう。人はどういう行動を取るのだろう、というところに焦点を当てるようなかたちでつくろうと考えました」

主人公たちを見ていると生々しさを感じてしまう。無意識のうちに「もし自分がこの状況になったら……」と考えてしまうのだ。けれども、主人公たちの「不安」な気持ちだけではなく「楽しい」気持ちも本作を通じて感じてほしいと湯浅監督は語る。

「主人公たちには、どうなってしまうのか分からない不安な状況でも、臨機応変に楽しめるようになって欲しいなと。起こった出来事に人の責任を求めたり、早く元の状態に戻りたいと気も急(せ)くだろうけど。今その状況に甘んじなければいけないなら、楽しんだ方がいい。求める足場はないけど、流動的な状況に合わせて生きていく事に漂う楽しみを見いだせる方がいいと思ったんです」

行く先々で描かれるさまざまなキャラクターたちとの出会いも、そういった楽しみを見いだすキッカケになっているのではないだろうか。新しい出会いが今後どういう事態を起こしていくのか分からない不安や、仲間が増えたことへの純粋な喜びを感じられる瞬間だ。

「できるだけ生きてきた環境の違う人、考え方の違うであろう人を出しました。善悪が一緒くたに決められないような、それぞれその人なりの楽しみを持って生きている。そういうことをキャラクターたちに詰められるといいなと思い、つくり込んでいます」

『日本沈没2020』で描かれる感情の揺らぎと、日本の怖さ・美しさ

『日本沈没2020』では、年齢・国籍・立場などが全く異なるキャラクターたちが登場する。それぞれの個性が強調され、理解し合えない場面、理解できないながら理解しようともがく場面なども描かれていた。現実世界での人間関係と重なり、思わず感情移入してしまう。キャラクター一人ひとりの立ち振る舞いや心の機微(きび)のリアルな表現はかなり意識した点だという。

「表情や行動がオーバーになり過ぎないように意識しています。アニメというコンテンツそのものが非現実的なものなので、リアルにつくるのはどうしても手間がかかるんですよ。頑張った点に見えないかもしれませんが、一番苦労した部分ですね」

「本作は、多くの“死”が描かれますが、死に直面したときに泣き叫ぶようなシーンはあまり入れていません。悲しいと感じる前に、受け止められないし、生きるために進んでいかなければならないから。でも、ふとしたキッカケがあると感情が噴出してしまう。そういう表現ができたらいいなと考えて描きました」

人との出会いと別れの中で緻密に描かれるキャラクターたちの感情の揺らぎは、本作の注目すべきポイントと言えるだろう。

不自由になった世界で気づくこと。アニメ『日本沈没2020』で湯浅政明監督が追求したリアル

そして、形を失っていく日本の姿も見どころの一つだ。崩れゆく街の姿には恐怖を、震災が起きても変わらない自然の姿には美しさを感じる。

「国家以上の規模で震災が起きたらどういう出来事が起こるか、をシンプルに考えて描きました。生きるために必死で逃げている中でも、やっぱり富士山は美しいだろうとか。沈んでいく中にも日本の美しさを感じる、だからこその恐怖みたいなものがあるかもしれません」

いまある「当たり前」を失ったとき、人は何を思うのか

『日本沈没2020』を手掛けるにあたり、湯浅監督は作品が「ナショナリズム」を称揚することへの恐怖を持っていた。日本は美しい、日本は素晴らしい、日本人であることは誇らしい、そんなメッセージが視聴者に伝わってしまうのではないかという怖さがあったそう。さらに、日本の震災という舞台設定が海外視聴者にどう映るか不安を感じていたという。

「世界の人たちが作品を見たとき『日本のことでしょ?』と外での出来事として感じてしまうのは一番残念だなと。作中にいろいろな国の人や立場の人が出てきますが、彼らはたまたま日本にいて、たまたま震災が起こったというだけ。国や人種、国籍関係なく、誰にでも起こり得る問題、という風に考えてもらえればと思います」

同時に「自分が日本という国に対してどんなことを思っているのか、考えるいい機会になった」とも。

「日本に生まれたら日本人なの? そもそも国って何なの? 生まれた場所と生きる環境で何が決まるの? 日本人が過去にしてきた悪いことを、日本に生まれたからというだけで、なぜ自分も謝らなければならないのか?謝らなければならない責任は理解しつつ、やはりそういうことを、子どもの頃は思っていたように感じます」

不自由になった世界で気づくこと。アニメ『日本沈没2020』で湯浅政明監督が追求したリアル

「一方で、日本に生まれたからこそ受けている恩恵もたくさんある。その恩恵ってなんだろうとか、恩恵をもたらしてくれた日本がもしなくなったらどう感じるのだろうとか。『日本沈没2020』を手掛けるとなったとき、そういったことを考え直すよい機会だとも思いました」

湯浅監督が考え、たどり着いた答えも『日本沈没2020』には描かれている。それは、ハッキリとした答えではないかもしれない。人それぞれ異なる解釈をする可能性もある。それでも、いま自分の置かれている状況や環境を改めて考えられるキッカケになることは間違いないだろう。

人に私利私欲だけでない、生きる理由があるとすれば、恩恵を与えてくれた存在のためではないかと思っていたんです。でも、人によっては、具体的な人だけでなく、人々を囲む環境であるかもしれないし、国、もっと大きな大義のためかもしれない……僕は今回制作を終えて、そんな考えを強めるようになっていました

不自由になった世界で感じる、これまで当たり前だったこと。その当たり前を、人が、環境が、社会がつくってくれていたということ。そういうことを感じてもらえたらうれしいですね

絶望を感じることがあっても、その状況になって初めて気づくことがある。そして、生きている以上、生きたいと思う以上、前を向いて進み続けなければならない。『日本沈没2020』は、いまの時代だからこそ見てほしい作品だった。

2021年には新作映画『犬王』の公開を控えている湯浅監督。ここ数年の間、多くの作品を手掛けてきたが、今後はどのような作品を見せてくれるのだろうか。

「幸運なことに、ここのところとても忙しくて、作る作品も自分の気持ちや世の中の状況とシンクロしているような感じがありました。でも近年、会社の成功だけを願って遮二無二やってきた感もあって。今後は、なるだけ自分がやるべきこと、やった方がいいことをやっていきたいと思う様になりました。習得したい技術もたくさんありますし、もっと臨機応変に自分がやりたいと思う方向へシフトしていきたいです。実を結ぶのは先になるかもしれないけど、実を結べるように準備をしておいた方がいいかなと思っています」」

(取材・文=阿部裕華)

プロフィール

不自由になった世界で気づくこと。アニメ『日本沈没2020』で湯浅政明監督が追求したリアル

湯浅政明(ゆあさ・まさあき) 企画・脚本・監督、デザイナー、スタジオ経営。1987年、アニメーターとしてキャリアをスタート。アニメ『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』などに参加。初監督アニメ映画『マインド・ゲーム』(2004)は、毎日映画コンクール大藤信郎賞、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞など国内外でアニメーション部門優秀賞を受賞。テレビアニメ『ケモノヅメ』(06)『カイバ』(08)『四畳半神話大系』(10)『ピンポンThe Animation』(14)、映画『夜は短し歩けよ乙女』(17)『夜明け告げるルーのうた』(同年)なども国内外の賞で受賞を果たす。『DEVILMANcrybaby』(18)『映像研には手を出すな!』(19)。2020年、共同起業したサイエンスSARUを退社。『日本沈没2020』配信開始、2021年には映画『犬王』の公開が予定されている。

作品情報

不自由になった世界で気づくこと。アニメ『日本沈没2020』で湯浅政明監督が追求したリアル

<配信⽇>
Netflixにて、7⽉9⽇(⽊)全世界独占配信 

<キャスト>
武藤歩:上⽥麗奈/武藤剛:村中知/武藤マリ:佐々⽊優⼦/武藤航⼀郎:てらそま まさき/古賀春⽣:吉野裕⾏/三浦七海:森なな⼦/カイト:⼩野賢章/⽦⽥国夫:佐々⽊梅治/ 室⽥ 叶恵:塩⽥朋⼦/浅⽥ 修:濱野⼤輝/ダニエル:ジョージ・カックル/⼤⾕三郎:武⽥太⼀ 

<スタッフ>
原作:⼩松左京『⽇本沈没』
監督:湯浅政明
⾳楽:⽜尾憲輔
アニメーションプロデューサー:Eunyoung Choi Choi
シリーズディレクター:許平康
キャラクターデザイン:和⽥直也
フラッシュ アニメーションチーフ:Abel Gongora
美術監督:⾚井⽂尚 伊東広道
⾊彩設計:橋本賢
撮影監督:久野利和
編集:廣瀬清志
⾳響監督:⽊村絵理⼦
アニメーション制作:サイエンスSARU
ラップ監修:KEN THE 390
主題歌:「a life」⼤貫妙⼦ & 坂本⿓⼀(作詞:⼤貫妙⼦/作曲:坂本⿓⼀)  

公式HP:http://japansinks2020.com/

公式twitter:@japansinks2020

製作:“JAPAN SINKS:2020” Project Partners

 ©“JAPAN SINKS : 2020” Project Partners   

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PROFILE

阿部裕華

1992年生まれ、神奈川県出身。 WEBメディアのライター/編集/ディレクター/マーケターを約2年間経験。2018年12月からフリーランスとして活動開始。ビジネスからエンタメまで幅広いジャンルでインタビュー中心に記事を執筆中。アニメ/映画/音楽/コンテンツビジネス/クリエーターにお熱。

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