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日中交流、映画に結実 「友好あってこそ学び合える」 40年前に日本の最先端を紹介した撮影メンバーが語る:東京新聞 TOKYO Web

「訪日見聞記」の一場面。東芝瀬戸工場での洗濯機の製造工程=劉さん提供

 1980年当時の日本を記録した「訪日見聞記」という中国のドキュメンタリー映画がある。日本の工業や農業の最先端を紹介し、中国の改革開放政策を後押しした。29日に日中国交正常化50周年を控え、撮影に加わった元国家ラジオテレビ総局映画局長、劉建中(りゅうけんちゅう)さん(80)は、日中間の映画関係者の交流なくして映画化は実現しなかったと振り返る。(北京・新貝憲弘)

 約2時間の映画は前半で、東芝瀬戸工場(現東芝ライフスタイル、愛知県瀬戸市)での洗濯機の製造工程や職場の改善提案活動などを紹介する。後半では、愛知や秋田、群馬、長野の各県で、最先端の農業技術や農協の活動を取り上げた。

家電の修理サービスでの対応を紹介している

家電の修理サービスでの対応を紹介している

 当時北京にあった撮影所でディレクター兼カメラマンだった劉さんによると、岩波映画製作所(1998年倒産)の初代社長、小口禎三氏(1917〜2006年)から中国側に、互いの国を紹介する映画を製作しようと提案があった。これを受け、中国共産党のイデオロギー担当だった鄧力群(とうりきぐん)氏(1915〜2015年)が「日本の先進的なものを中国人民に紹介せよ」と指示し、映画がつくられた。一方、岩波映画製作所の関係者によると、日本側は鉄鋼コンビナートや人民公社を題材に、中国の工業と農業を紹介する中学生向け教材映画を製作した。

 劉さんら撮影クルーは約4カ月間にわたって日本各地を転々とし、その間は岩波の関係者から、異なる生活習慣や日本食に困らないように丁寧に世話してもらったという。劉さんは「映画ができたのも、日中間の映画関係者の交流があってこそ」と振り返る。

日本の農業を紹介している

日本の農業を紹介している

 完成した映画は胡耀邦(こようほう)総書記(当時)も鑑賞し、国内で上映された後に中国国営中央テレビでも放映された。日中戦争の記憶がまだ鮮明に残る中、「日本を持ち上げている」と否定的な反応もあったが、日本の発展ぶりや生活水準の高さを知った多くの中国人が「日本に学ばなければならないと考えるようになった」(劉さん)という。

 その後、中国は驚異的な経済発展を遂げて2010年に国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界2位に。撮影された東芝瀬戸工場は16年に中国家電大手「Midea(マイディア、美的)」グループの傘下となるなど日中関係は大きく変化した。劉さんは「政治的な不信の解消が必要だ」と訴え、一部の政治家による靖国神社参拝などを挙げて「過去に日本が犯した過ちを否定してはいけない」とくぎを刺した。

訪日見聞記」の撮影経緯を紹介する劉建中さん=新貝憲弘撮影

訪日見聞記」の撮影経緯を紹介する劉建中さん=新貝憲弘撮影

 劉さんは現在、1949年の中華人民共和国建国後に、中国で上映された日本映画や日中映画関係者の交流をまとめた記録集を編さんしており、来年の出版を目指している。撮影をきっかけに日本が好きになり、毎年のように日本を訪れてきたといい、「友好と交流があってこそ、互いに学び合える」と呼びかけた。



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