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文喫 六本木で映画「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介監督が選ぶ10冊の展示を開催中【8月13日~9月20日】 | ほんのひきだし

村上春樹の同名短編小説を原作とする映画「ドライブ・マイ・カー」(監督:濱口竜介、全国公開中)は、7月に開催された第74回カンヌ国際映画祭で、日本映画初となる脚本賞を受賞し、そのほか独立賞も含め4冠を獲得したことが大きな話題となりました。

本と出会うための本屋「文喫 六本木」では8月13日(金)から9月20日(月・祝)の期間、映画「ドライブ・マイ・カー」とのコラボレーション展示「ある映画のための補助線 映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐる複数の本」を開催しています。

この展示では、濱口竜介監督と「文喫 六本木」が、それぞれ映画により深く入り込むための「補助線」となる本を選び展示しています。

今回は、これまで展示会場でしか見ることのできなかった「濱口監督が選んだ10冊」を、ご本人によるコメントとともに公開します。

ノンフィクションからコミックまで、幅広いジャンルの紹介を通して、濱口監督の思考の一端を垣間見るような体験ができます。

 

「ある映画のための補助線 映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐる複数の本」濱口監督の選ぶ10冊

濱口監督コメント
ほとんど50年近く東北地方で民話を聞き歩いて来た「採訪者」小野和子さんの歩みが点描される。多くの民話はDNAのように先祖から口伝されながら、形を変えてきた。ただ、そこには決して変わらない核のようなものがある。それはいわば現実のなかにある物語の種だ。この種は人びとの生き血を吸って摩訶不思議な物語となった。その核に、つまりは物語と現実の交わる場所まで至ろうとする聞き手の「覚悟」に慄然とさせられる。ただそのような峻厳さも平易な言葉遣いで表現されるから、読者は小野さんの旅の道連れとなったように読み進められるだろう。とは言え、それもやはり覚悟の要ることなのだけれど。入念な装幀も含め、自分にとって人生の一冊となった。実は『ドライブ・マイ・カー』出演者にも手渡している。

 

偶然性の問題

著者:九鬼周造 発売日:2012年11月発行所:岩波書店 価格:1,254円(税込)ISBNコード:9784003314630

濱口監督コメント
生活のなかに溢れているにも関わらず「偶然」とは何かを徹底的に究明した文章は意外と少ない(それがあまりに微かで、あやふやな事柄だからだろうか)。そんな本を探しているときに出会った九鬼周造による本書は、偶然とは「独立した二元(二者)の邂逅」即ち「出会い」であり、かつ「存在(有)に食い入る無」にほかならないと定義する。偶然の「あり得なさ」を通じて存在/無の境界は曖昧となり、新たな生が出現する。そのダイナミズムに気づかせてくれる点では最良の書だが、非常に読むのに難儀したことは告白しておきたい。その際に宮野真生子『出逢いのあわい』がよきガイドとなってくれたことも申し添えたい。

 

エティカ

著者:バルーフ・ド・スピノザ 工藤喜作 斎藤博 発売日:2007年01月発行所:中央公論新社 価格:2,090円(税込)ISBNコード:9784121600943

濱口監督コメント
九鬼が「偶然」を語るとすれば、スピノザは徹底的に「必然」について叙述する。改めて読み通してみて「この人はよくこんなものを書いたものだ」と驚嘆させられる。哲学書の類を読むのは決して得意ではないが、必ずしも哲学史的知識を持たずとも読み通せるある種の読みやすさは(難解であることは間違いないとしても)、本書内で一つの完結した体系が描かれていることに由来する。我々は神(即ち自然)の一部でしかなく、常に外部によって凌駕され、受動的に感情を抱き、感情に振り回される。人は基本的にはここから逃れるすべはない。にもかかわらず『エティカ』を読んでいると力が湧いてくるように感じられるのは、この認識こそが「理性」への第一歩にほかならないからだろう。

 

説教したがる男たち

著者:レベッカ・ソルニット ハーン小路恭子 発売日:2018年09月発行所:左右社 価格:2,640円(税込)ISBNコード:9784865282085

濱口監督コメント
「Men Explain Things To Me」 という原題が「男たちは私にものごとを『説明』する」という直訳ではなく、「説教」と訳されることで、常なる教え諭しを可能にする男性優位・家父長主義的な社会が浮かび上がってくる。一読者として本書から教わったことは、男性であり、かつ年長者になりつつある自分は、無自覚である限り女性やマイノリティを傷つけ続けるということだ。説教は「個別の、よくある、何でもないコミュニケーション」ではなく、根深い権力構造を支えに現れる。この自覚がなければ「レイプ・カルチャー」と呼ぶべき「文化」がつくられ、かつ温存されることに加担する。後半人生、語るよりも聞く存在になることができるかが問われている。作家ヴァージニア・ウルフを通じて共鳴する同著者の『ウォークス』も必読。

 

翻訳夜話

著者:村上春樹 柴田元幸 発売日:2000年10月発行所:文藝春秋 価格:814円(税込)ISBNコード:9784166601295

濱口監督コメント
村上春樹さんは小説の面白さは言うまでもないけれど、彼が語る創作時の身体感覚そのものが興味深い。ここで語られる「翻訳」と私自身が感じている「演技」の問題があまりに近い、ということに驚かされた。原語を他言語に翻訳することに含まれる不可能性が、紙の上のキャラクターを「具現化」するとされる演技の不可能性と響き合う。その不可能性を克服する鍵は村上さんは、原文と自身のあいだに「親密で個人的なトンネル」があるか否かだと口にする。それを感じられれば言葉はどこかにたどり着き、なければそうはいかない。気心の知れた柴田元幸さん相手だから出てくるあっけらかんとした断言だ。村上さんの他者との対話において出てくる言葉という点では『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』もお勧めしたい。

 

リハビリの夜

著者:熊谷晋一郎 発売日:2009年12月発行所:医学書院 価格:2,200円(税込)ISBNコード:9784260010047

濱口監督コメント
脳性麻痺を抱えた医師である熊谷晋一郎さんによる当事者研究であり、自伝とも言える。「健常者」の(再現不可能な)身体性を押しつけられリハビリを強要される彼が、一人暮らしをするうちに自身に固有の「からだ」に即して人や物を含めた周囲の「環境」との関わり合いを再発見していく。そのことがやはり自分には「演じる」ことの問題への回答として受け取れた。更に興味深いのは、環境との関わり合いに失敗する(例えばお漏らしをする)ときに彼が感じる「敗北の官能」だ。ここまで語ってくれることで、本来まったく理解し得ない他者の身体の奥深くまで導かれたような思いがした。ここで描かれている彼の幼少期からのリハビリの苦闘を知った上で敢えて、人生の中でも最も「面白かった」本の一つだと言いたい。

 

「ユマニチュード」という革命

著者:イヴ・ジネスト ロゼット・マレスコッティ 本田美和子 発売日:2016年08月発行所:誠文堂新光社 価格:1,540円(税込)ISBNコード:9784416616819

濱口監督コメント
原文の再現を志向した「翻訳」や健常者の身体性を範とする「リハビリ」が、「演技」の不可能性と響き合うとしたら、回復困難な患者の身体と向き合うケアする人びとにとっての問題は「演出」と通ずる。フランス人のイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティが提唱する「ユマニチュード」とは言ってみれば「人間的態度」を患者に対して取るということだ。しかし、それは単に精神論ではなく(しかし何より精神の問題であることも否定しないが)、技術でもある。視線を合わせること、敏感な身体部位を理解して容易にそこに触れないこと。私が最も感銘を受けたのは「私は他者に対して良き扱い(ビアントレタンス)をすることで、何より自分自身の尊厳を傷つけずに済む」という彼らの考えだ。撮影現場にも持ち込みたい。

 

濱口監督コメント
率直に言えば、「演技とはなにか」を知っている人間などこの世の中に誰もいるまい、と考えている。それは人間存在をそっくりそのまま理解する、ということだからだ。ただ、それがどれだけ遠き道のりでもその理解へと一歩ずつ近づく一連の人びとは存在する。ロベール・ブレッソンは「演技(と一般にされているもの)」から離れることでそれを為したが、サンフォード・マイズナーは「演技」を愛しながら、かち割り、分析する。この本のすべてを成す実際の稽古における会話は禅問答的だが、一般論としての回答を出さないところに彼の「演技」への誠実さがある。彼の「繰り返し」と「感情準備」に関する考えからは多くを学んだ。章が進むにつれて、映像の演技と舞台の演技がどこかで完全に袂を分かって感じられるのも興味深い。

 

放浪息子 15
著者:志村貴子 発売日:2013年08月発行所:エンターブレイン 価格:682円(税込)ISBNコード:9784047291010

濱口監督コメント
女の子になりたい主人公・似鳥修一(にとりん)の10歳から17歳にかけての心身のゆらぎを見つめる本作。読み進めていくうちに、作品は不穏なムードを持ち始める。現実にも存在するこの性自認の問題は、安易な想像上の解決を許さない。時間をかけて描くことで、キャラクターは作者が手前勝手に扱える存在ではなくなっていく。「キャラクターが動き出す」とよく呼ばれるこの現象は、ほぼ確立された登場人物の行動原理と作品世界の現実が、矛盾を許さなくなっていくということだ。「キャラクターが(思い通りに)動かない」と言ったほうが正確だろう。こうなると作者はキャラクターの行末を見守るしかない。最終的に「もう大丈夫」とにとりんを(が)思えるところまで、作者は手を出さず、見守った。その胆力に敬意を覚える。

 

プリンセスメゾン 1
著者:池辺葵 発売日:2015年05月発行所:小学館 価格:607円(税込)ISBNコード:9784091870162

濱口監督コメント
新作漫画を読まなくなって久しいけれど、久しぶりに心震えた漫画。居酒屋チェーン正社員の主人公の沼越幸(沼ちゃん)が、20代ながら着実に「自分の家」を購入すべく行動するさまが描かれる。こう書くと沼ちゃんはガツガツとした人物と感じられるかも知れないが、彼女は単にこの社会のなかで、裕福でなく身寄りもない自分がどうあるべきかを真摯に思考し、生きているだけだ。誰もが彼女から「気高さ」を感じる。その気高さが周囲の人間にまで伝播していく。沼ちゃんの生が、他の誰かの生を支えている。ただ生きることが、誰かの支えになることがある。それは、私が『あいたくて 〜』の小野和子さんに感じていることに近い。「よりよく生きたい」と思わせてくれる、そういうものに出会えることは幸せなことだ。

 

「文喫 六本木」と濱口竜介監督が選んだ本を展示・販売する「ある映画のための補助線 映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐる複数の本」は9月20日(月・祝)まで開催しています。ぜひ映画を観る前に、あるいは観た後に、「文喫 六本木」にお越しください。

 

「ある映画のための補助線 映画『ドライブ・マイ・カー』をめぐる複数の本」展示概要

期間:2021年8月13日(金)~9月20日(月・祝)
時間:9:00~20:00
入場料:無料
※「文喫」有料エリアに入場する場合、平日1,650 円、土日祝1,980 円(いずれも税込)

 

映画「ドライブ・マイ・カー」公開直前トークセッション限定配信

8月16日(月)には濱口監督と美学者の伊藤亜紗氏、映画研究者の北村匡平氏を迎えての公開直前トークセッションを行いました。

そのトークセッションの模様を9月10日(金)~11月7日(日)の期間、映画「ドライブ・マイ・カー」を起点に思考の枝葉を広げていくためのブックリスト「ある映画のための補助線」をご購入の方限定で公開いたします。※PDFデータでの販売になります。

「ある映画のための補助線」では、濱口監督作品の印象から「コミュニケーション」「手のしぐさ」「身体の在り様」「記録メディアと死者/他者」など、複数のキーワードを設定し、そこからイメージを膨らませて「文喫 六本木」が本を選びました。

濱口監督の選んだ10冊とも比較してお楽しみください。

URL: https://libropb.stores.jp/items/613ad109acbcb057565f0087
配信期間:9月10日(金)~11月7日(日)

映画「ドライブ・マイ・カー」公開直前トークセッション出演者
濱口竜介(映画監督)
伊藤亜紗(美学者)
北村匡平(映画研究者)

映画「ドライブ・マイ・カー」を掘り下げるトークセッションを開催(会場:文喫 六本木)

 

映画「ドライブ・マイ・カー」作品情報

出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか/岡田将生
原作:村上春樹「ドライブ・マイ・カー」
(短編小説集『女のいない男たち』所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
音楽:石橋英子
公式サイト:https://dmc.bitters.co.jp/
全国公開中

 

「文喫 六本木」概要

住所:〒106-0032 東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビル1F
営業時間:9:00~20:00(L.O. 19:30)
定休日:不定休
TEL.03-6438-9120
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