特徴

映画『パンケーキを毒見する』内山雄人監督インタビュー:今こそ問う、このままで日本はどうなる? | nippon.com

在任中の首相にフォーカスしたおそらく前代未聞の政治ドキュメンタリー映画『パンケーキを毒見する』が、まさに今しかないタイミングで公開。コロナ禍という未曽有の事態に、国民を納得させる言葉を持たない菅義偉という人物が、なぜ国の政治のトップに立つことができたのか。一体彼は何をしようとしているのか。ユーモラスなタッチでさまざまな角度から検証しながら、民主主義にとって大事なメッセージが伝わる作品に仕上げた内山雄人監督に話を聞いた。

東京オリンピックが1年延期の末、開幕した。テレビで何度もプレイバックされたのは、2013年のIOC総会で開催地が決定した瞬間の映像だ。まさかその8年後、無観客で本番を迎え、祝祭ムードも経済効果もない、開催国にとって苦行のような大会になることなど、まったく想像していない無邪気な歓喜のシーンに胸が痛む。

この危機的状況で世界最大のイベントを実行に導いた関係者の尽力には頭が下がるが、その一方では、五輪開催による影響の有無にかかわらず、新型コロナウイルスの感染者数が過去最多を更新する事態が進行中だ。説得力のある言葉で国民の不安を払拭できない菅義偉首相には、これまで以上に各方面から批判が集中している。

2020年11月の参議院予算委員会で答弁に立つ菅首相 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

敏腕プロデューサーからの「無茶ぶり」

この絶妙ともいえるタイミングで、菅首相の人物像に迫るドキュメンタリー映画『パンケーキを毒見する』が公開された。仕掛け人は、『新聞記者』、『宮本から君へ』、『MOTHER マザー』など、生ぬるい世の中に一石を投じる問題作を次々と送り出すスターサンズの河村光庸エグゼクティブプロデューサーだ。

河村氏からオファーを受けた内山雄人監督はこう振り返る。

「菅さんが総理大臣に就任したのが去年の9月半ばですか。その直後には、このタイトルで企画を立ち上げ、オリンピックの開催期間中に公開することを決めていたそうです。ところが監督が決まらない。どうやら当たった監督たちにことごとく断られて、それで僕のところに来たらしい。11月後半だったかな。そのときは1人に断られて2人目という話をされたけど、つい最近になって劇場の試写で登壇したときに、実は6、7人に断られていたという事実を初めて明かされて…」

コロナ禍での五輪開催後には総裁選、総選挙が待っている ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
コロナ禍での五輪開催後には総裁選、総選挙が待っている ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

東京五輪が本当に開催されるのか、直前まで不確定だった中、昨年秋の段階で2021年7月末の公開を決定するのは大きな賭けだったと言える。その前に衆議院解散の可能性だってあった。取材先で会う人会う人に「上映されるまでに菅さんいなくなっちゃうかもしれないよ、どうするの?」という話にもなったという。しかし、コロナと五輪の影響で早期解散はなくなり、9月末に自民党総裁の任期満了を迎える。ヒットメーカーの勘はさすがに鋭い。しかし制作期間を考えると無謀だったことに変わりはない。

「要は半年しかかけられないわけですよ。おまけに本人は撮れないし、何が撮れるか不確定な題材ですから、普通の映画監督ならそんなの無理ですと断って当然。そこへいくと僕はテレビ出身で、半年で何ができるだろうと考える。そこが映画監督と違うところです。締め切りから逆算して、取捨選択していくのに慣れていますから」

大学時代はジャーナリズム同好会に在籍していたという内山監督。特に政治に関心が高いわけでないが、題材そのものに魅力を感じた。

「制作会社にいるテレビの人間にとって、報道の担当でない限り、現職の総理大臣を扱う機会なんてほぼない。ましてや、ちょっと揶揄(やゆ)するような見方で、総理の人間性を暴こうなんて、テレビ番組ではできませんから。どうなるか分からないけど、めったにできることじゃない、やってみようと」

これまで手掛けてきた数々の番組には、バラエティーといってもドキュメンタリー的な要素の強いものが少なくなかった。

「過去の政治家や歴史上の人物を扱う番組もあったし、スタジオにゲストを呼んで、本人が驚くようなことまで聞き出し、人間性を掘り下げていく番組もありました。テレビでここまで自分のことを吐露したのは初めて、という人も多かった。ゲスト以外にも、ものすごい数の人々に取材をしてきましたから。人間を描くことに関しては、ずっと好きでやってきたという自負があります」

取材拒否の連続から手探りで見つけた活路

しかし、在任中の首相の人物像に迫るという題材は、思った以上にハードルが高かった。何しろ取材を申し込んでは断られる、の繰り返しだったというのだから。首相に近い人物、議員となった元秘書ならまだしも、多くの新聞記者やテレビの報道関係者が、カメラの前では事実関係についてすら語ることを拒んだという。ただでさえ、コロナ禍で人に会いに行くのが容易でない状況だ。

「これでは、全体的なプランなんか立てられません。立てたところでその通りにいくわけはない。下調べをして、取材対象を選び、企画書を書いて取材を申し込み、返事がくるまでに3週間くらいは平気でかかるじゃないですか。気が付けばあっという間に3月、何も撮れてないとなって…、夜中に飛び起きて汗びっしょり、なんてこともありましたよ」

このように手探りを続ける中で、映画にも登場する上西充子法政大教授への取材が、作品の方向性を見定める重要なきっかけになったという。追及をはぐらかす答弁を「ご飯論法」と名付けたことで知られる上西教授が、菅首相の珍妙な答弁集を具体的に映像で分析しながら、国会をバラエティーのように見る視点を提供してくれた。

菅首相の答弁を分析する上西充子法政大教授 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
菅首相の答弁を分析する上西充子法政大教授 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

「最初から頭にあったのは、多くの人に観てもらうためにはどうしたらいいか、どうすれば政治にそこまで関心がない人たちにも届くか、ということでした。それには、政治をいじって面白く見せなきゃいけないと。そこは結構早い段階で、政治バラエティー的なものにしたいという意向をプロデューサーに伝えてありました。上西先生への取材で、初めてその手応えを感じましたね」

政治バラエティーを意識して、大事だと考えたのは、対象を笑える要素で切り取ること、そしてバランスだ。

「もちろん最初から相手を肯定的に描くつもりなんてないんだけど、いきなりこき下ろすような内容にしてしまったら、誰が興味を持つのかなと。人物を面白いストーリーで描くには、プロレスとか、ヒーロー物の考え方が参考になる。相手がどれだけ強いかをまず見せてあげないことには面白くならないんです。ところが最初に困ったのは、菅さんの良いところを語ってくれる人が、なかなかいない(笑)。語れる人を見つけても、逃げていくんですよ」

この点で、菅氏と敵対的な関係にあろうとも、現実的かつ公平な視点で語ってくれるのは、同じ土俵に立つ政治家たちだ。かつて橋本龍太郎首相の政務秘書官として菅氏の衆院選出馬を手伝い、その後菅氏の勧めで政界入りした江田憲司氏(現在は立憲民主党)、自民党総裁候補として菅氏のライバルである石破茂氏らから、まず「ほめるべき点」を引き出していく。

菅首相らの国会答弁について「35年この世界にいて初めて見る言論空間」と評する石破茂議員  ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
菅首相らの国会答弁について「35年この世界にいて初めて見る言論空間」と評する石破茂議員 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

元朝日新聞記者の鮫島浩氏は、政治ジャーナリストならではの鋭い切込みで、菅氏の実績や人となり、行動の傾向を分析し、「値下げの政治家」、「仕返し政権」といった言葉で分かりやすくまとめてみせる。そのほかにも「二面性」、「バクチ打ち」といったキーワードとともに、それを裏付ける事実を示し、菅氏の人物像を浮かび上がらせていく。

「人々の印象に残りやすいキャッチーなポイントを次々に挙げていき、それらが積み上がって全体像が見えてくるように作っていきました。早く先を見たいと思わせるテンポで進めていく、テレビ的な手法なんです」

リアルな証言だけが浮かび上がらせる真実

このように政治バラエティーらしい手法で展開しながら、徐々に問題の核心へと切り込んでいく。こだわったのは証言が一次情報であることだ。

「リアルな証言であることには徹底してこだわりました。どこからの情報だか分からないような、評論家めいた上から目線の話には何の興味もなかった。誰からどのタイミングで聞いたか、証言者本人が事実関係を明らかにできる内容でないと、足元をすくわれますから」

しかし、堂々と名乗り出て、首相および官邸の急所を突くような証言ができる人は、ますます限られてくる。ここで登場するのが、安倍政権時代から官邸とやり合ってきた、経産省の元官僚、古賀茂明氏、元文部科学事務次官の前川喜平氏の2人だ。これは、政権寄りの人々から見れば、「反官邸」色の濃い顔触れであるのは確かだ。

経済産業省出身の古賀茂明氏 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
経済産業省出身の古賀茂明氏 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

「裏を返せば、彼らが反官邸にならざるを得なくなった明確な理由があるということなんですよ。こういうリアルな証言こそがどれだけ大事かということです。政治的な立場どうこうの人選ではありません。彼らの体験に基づく “言葉の重み”。 総理なのに空虚で無責任な言葉しか持たない人間との対比になると思います」

古賀、前川の両氏が明らかにしていくのは、官邸に歯向かうと、どのように圧力をかけられるのか、実名を挙げた具体的なルートだ。こうして菅首相の権力の基盤が、要所に警察出身者を配した省庁の高官人事にあることが明らかになってくる。そしてもう1つはカネ、7年8カ月にわたる歴代最長の内閣官房長官時代に自身の裁量で動かすことのできた官房機密費の存在だ。

「赤旗」の調査を基に官房機密費について菅首相を国会で追及した日本共産党の小池晃議員 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
「赤旗」の調査を基に官房機密費について菅首相を国会で追及した日本共産党の小池晃議員 ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

これを「1日307万円」という具体的な額でスクープしたのは、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」。今回のドキュメンタリーは赤旗編集部に入り込んだ貴重な記録にもなっている。その一方で、全国紙の記者たちは、就任後に招かれた懇談会にいそいそと出かけて行き、振る舞われたパンケーキをほおばって喜んでいる有様だ。

「カメラが回っていないところで新聞記者が言っていましたけど、大手紙の記者ならパンケーキのお呼びがかかれば行くに決まっていると。総理がしゃべったことをもらさず拾うことが仕事なんだ、行かないという発想はないんだと。その代わり、調査報道に割く時間や人員はないんですよね。こういう構造的な欠陥があるんですよ。全国紙は、政治のどこに問題があるのか、何が一番問題なのかを分からせる背景を丹念に説明せず、事実関係を並べただけでよしとしてしまう」

このままでいいのか、日本?

こうした横並びの報道が、有権者の政治に対する関心の低さの原因でもある。投票率が低い上に、小選挙区制によって派閥のパワーバランスが崩れ、自民党内の政策論争は盛り上がらず、官邸だけがパワーアップしていった。内山監督が、TVディレクターらしい聞き上手のテクニックで、石破氏や村上誠一郎氏といった自民党のベテラン議員から、今の理念なき政治を憂う言葉を引き出し、その重みが胸に迫る。

そして最後に考えるべきは、私たち自身だ。映画は、日本がさまざまな分野において、世界の中でいかに後れをとっているか、データを用いて事実を端的に示し、では何をすべきなのか、問いを浮かび上がらせながらエンディングを迎える。河村エグゼクティブプロデューサーが公開の時期にこだわった理由は明快だ。

若者の投票率向上をめざす学生団体「ivote」のメンバー ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
若者の投票率向上をめざす学生団体「ivote」のメンバー ©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

「夏以降にくる選挙の前に、これを観ることで人々の気持ちが変わるような、選挙に行くんだという気になるような、そういう映画を届けるという思いですね。そうしないと本当にまずいぞ、という時代が来ている。声高に何を言っても通じないんです。菅さんってこういう人なんだ、こんな手を使ってくるんだ、から始まって、でもマスコミもやばいよと。その結果、日本はこんな国になってるよ。でもそれを招いているのは国民だよ、このままでいいの?…と。そんな流れで考えてもらえたらなあと思いました。自民党の政治家たちはみんな言っていますよ、決めているのは国民だからと。笑っちゃうほど、口をそろえてそう言うんですよ。この愕然とする事実を、もう一度あらためて考えてもらえたらなと思うんです」

バナー写真:©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会
©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

作品情報

  • 企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村 光庸 
  • 監督:内山 雄人 
  • 音楽:三浦 良明 大山 純(ストレイテナー)
  • アニメーション:べんぴねこ 
  • ナレーター:古舘 寛治
  • 制作:テレビマンユニオン
  • 配給:スターサンズ 配給協力:KADOKAWA
  • 製作年:2021年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:104分
  • 公式サイト:pancake-movie.com/
  • 7/30(金)より新宿ピカデリーほか全国公開中

予告編

Source Link

もっと見せる

関連記事

Close
Close