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『ある男』『愚行録』の石川慶監督、日本映画界に新たな視点をもたらすその魅力とは | .

芥川賞作家・平野啓一郎の同名小説を映画化した妻夫木聡主演の映画『ある男』。11月18日(金)に公開されるこの作品の監督を務めたのが、『愚行録』『蜜蜂と遠雷』『Arc アーク』といった作品で、国内外から注目される石川慶監督だ。

宮崎県にある山間部の町に現れた一人の男。離婚して実家のあるその町に戻っていた里枝は、谷口大祐と名乗るその男と再婚し、娘の花も生まれ、幸せな生活を送っていた。しかし、大祐が仕事中に事故死。疎遠だった大祐の兄が法要に訪れ、遺影を見て、意外な事実を口にする。「これ、大祐じゃないです」。

果たして谷口大祐と名乗っていたこの男は誰なのか? 里枝から依頼を受けた弁護士の城戸は、このある男<X>の正体を探すこととなる……。

11月18日に公開される映画『ある男』。石川慶監督の最新作であるこの作品では、主人公を演じる妻夫木聡、里枝を演じる安藤サクラ、<X>を演じる窪田正孝ほか、仲野太賀、眞島秀和、柄本明ら日本映画に欠かせない俳優たちが登場し、物語を彩っている。

この物語は<X>の正体を追うミステリーでもあり、<X>を愛した家族たちの物語でもあり、人間の変身願望をめぐる物語でもある。石川慶監督は、「アイデンティティとは何か」「自分とは何か」という抽象的な問題を、各登場人物の感情にフォーカスを当てながら、鮮やかに描き出してみせた。

石川慶監督、その経歴

この『ある男』を手掛けた石川慶監督は、1977年生まれ。東北大学で物理学を学んだ後、ポーランド国立ウッチ映画大学で映画製作を学んだという経歴を持つ映画監督だ。『ある男』以前の作品ではポーランド人のピオトル・ニエミイスキを撮影監督に起用し、映像のグレーディングなどはポーランドで実施。日本独自の湿度感を感じさせないクリアな映像で、ドメスティックな人間ドラマを描いてきた。

愛知で生まれ、宮城で物理学を学び、ポーランドで映画製作を学んだ石川慶監督。映画だけでなく、物理学にも興味を持つという監督が持つ様々な視点が、彼の作品をこれまでの日本映画とはどこか違う、監督独自の色を付け加えていると言えるだろう。ここで、監督のフィルモグラフィを振り返ってみたい。

人間の愚かさが招いた悲劇の真相を描く衝撃のデビュー作『愚行録』(2017年)

2017年に製作された『愚行録』は、貫井徳郎のミステリー小説を映画化した物語だ。ストーリーの中心にあるのは、エリート一家が惨殺された未解決殺人事件。妻夫木聡演じる雑誌記者の主人公が、この事件の関係者への取材を進めるうちに、事件の背後にある嫉妬や羨望、格差や虐待といった事実が浮かび上がってくる。

大手ディベロッパー男性社員による選民意識と女性差別。華やかなキャンパスライフの裏にある、格差社会やちょっとした悪意。目標のために人を利用しようとする人間の身勝手さ。家庭内にある愛憎や性的虐待。

こういった、大小の“愚行”が積み重なり、大きな事件が引き起こされていくさまを、石川慶監督はどこまでもドライに描き出して見せた。主人公を演じた妻夫木聡と妹役の満島ひかりの演技もすばらしく、人間が抱える暗部をえぐり出すような作品となっている。

第73回ベネチア国際映画祭にて『愚行録』フォトコールに登壇した石川慶監督、満島ひかり Photo by Andreas Rentz/Getty Images

音楽家たちの成長と音楽愛を描いた『蜜蜂と遠雷』(2019年) 

長編映画2作目となった『蜜蜂と遠雷』は、直木賞と本屋大賞をダブル受賞作した恩田陸の小説を映画化した作品。前作とは全く毛色の違う、青春群像劇となっている。

映画『蜜蜂と遠雷』完成披露イベント

ある国際ピアノコンクールの2週間にわたる審査を通じ、ピアニストたちの葛藤と成長を描く本作。神童と言われながらも長らく音楽界から離れていた元天才少女(松岡茉優)、ジュリアード音楽院在学中で優勝候補と言われるジュリアードの王子様(森崎ウィン)、働きながら「生活者としての音楽」を目指す28歳のサラリーマン(松坂桃李)、彗星のように音楽界に現れた16歳の天才異端児(鈴鹿央士)。音楽の愛と喜び、天才の才能とエゴイズム、音楽家たちの友情などを、細密な映像と圧倒的な音楽で描き出した。

本作では石川監督が脚本も担当。映像やセリフと登場人物たちが奏でる音楽が調和し、ストーリーに深い余韻を与えている。

不老不死の体を得た女性の選択を描くSF映画『Arc アーク』(2021年)

中国系アメリカ人作家ケン・リュウによるSF小説「円弧(アーク)」を映画化した『Arc アーク』のテーマは、不老不死。この『Arc アーク』は石川監督自身で企画から参加したという意欲作だ。

初日舞台挨拶『Arc アーク』(c)2021映画『Arc』製作委員会

この作品で描かれているのは、不老不死の技術が開発された時代に、30歳で初めてその処置を受けた女性・リナの物語。リナを演じる芳根京子は、一人の女性の17歳から100歳以上までという、幅広い年代を演じてみせた。近未来を舞台にしたSF映画ながらもけっしてSF的ではないルックで、現代の地続きにある未来に生きる一人の女性の選択と愛情を、やさしく描いている。

俳優の中からキャラクターを引き出す演出手法が深い人間ドラマを紡ぎだす

ヒューマンミステリー、音楽青春映画、SF映画……。一つのジャンルに囚われることなく、しかしどこか一貫した、ドライで澄んだ空気感を持つ石川慶監督の作品たち。物理学を学び、ポーランドで映画を学ぶという、日本映画界には珍しい出自が、これまでの日本映画界にはない感性を育み、その独特の空気感を作り上げたと言えるだろう。

じっくりとリハーサルを行って、俳優たちの中に芽生えたキャラクターの感情をすくい上げていく演出方法で、石川監督は俳優たちからも厚い信頼を得ているという。俳優たちの感覚を研ぎ澄まし、キャラクターを育てて物語を織り上げていく石川監督の作品は、どれも人間ドラマとしても見応えのあるものばかりだ。まずは最新作『ある男』を観て、そのドラマと空気感を味わってみてほしい。




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