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激しい音楽と痛ましい青春…『麻希のいる世界』主演に、元アイドルの新谷ゆづみと日高麻鈴が起用された訳 | .

11月6日に東京フィルメックスのワールドプレミアで塩田明彦監督の『麻希のいる世界』が上演された。

『黄泉がえり』や『どろろ』などの原作付きエンタメ映画を撮る一方で、『害虫』のように海外の映画祭で賞をとる作品やロマンポルノまでと幅広い活動をする塩田監督。そのオリジナル脚本作の主演に抜擢されたのは、同じアイドルグループ出身でほぼ無名の2人の新人女優、新谷ゆづみ日高麻鈴。ワールドプレミアの舞台挨拶で、塩田監督はこの2人を「頑固で素晴らしい女優」と絶賛。

いままで、宮崎あおい、草彅剛、柴咲コウ、妻夫木聡、北川景子など、錚々たる俳優陣を起用してきたベテラン監督が、この2人のどこに魅力を感じ、なぜ主演で映画を撮ろうとしたのか。それが舞台挨拶で明らかになった。

沼津に住む高校2年の由希(新谷ゆづみ)は、重い持病を抱えており、いつ命が尽きるかという不安の中で周囲とも交わらず孤独に毎日を送っていた。そんな中で同じ高校に通う麻希(日高麻鈴)に興味を持ち、無理矢理に近づこうとする。悪評が酷くて麻希には誰も関わりたがらないが、彼女の歌と音楽の才能に感銘した由希は、バンドを組んで麻希を世に出すことで、自分の生きた証としようとする。

自己中心的で自滅的な麻希の生き方に振り回され続けるが、由希は強烈な意志で諦めない。彼女らと微妙な関係にある軽音部の祐介(窪塚愛流)を間に挟んで、物語は思わぬ方向に二転三転する。才能を秘めた人物を、主人公が智恵と勇気で成功に導くサクセスストーリー……を期待しても、そんな話ではないと気付かされる。状況はあまりにも困難で、次から次へと由希を傷つけようとするし、周りの人達もみな傷ついていく。

それでも忖度も損得もなく、ひたすら自分の想いに忠実であろうとする由希、麻希、祐介の強烈なエネルギーに感電したかのように、見る者の心を痺れさせる。向井秀徳が手がけた劇中歌は、麻希の澄んだ歌声が余計に思春期の孤独を際立たせる。そんな強烈な映画だ。

『さよならくちびる』で残した爪痕

新谷ゆづみと日高麻鈴の映画デビューは、塩田監督の前作である『さよならくちびる』。小松菜奈と門脇麦が演じるフォークデュオ「ハルレオ」の解散ツアーを描くロードムービーで、2人を追いかける中学生ファン由希と麻希を演じた。

その出演時間は合計でもほんの数分。しかし、ここで強烈な爪痕を残す。「ハルレオ」のさまざまなファンが登場して思いを語る短いカットの積み重ね。そのなかで、日高さんが演じる麻希は泣くはずだったのが、代わりに突然「ハルレオ」の曲をアカペラで歌い出したのだ。寄り添う由希を演じる新谷さんも慌てることなく、無言の演技でそれを受け止めた。

当時中学生だった2人の、初めての映画、最初の撮影での突然のアドリブの応酬に驚き感動した監督は、このテイクをそのまま本編に採用し、さらに脇役2人のためだけに舞台挨拶を行ったり、新谷さんのネットラジオ番組にゲスト出演したりと、数分の脇役とは思えない厚遇が続いた。塩田監督によると、『さよならくちびる』が大ヒットした場合は、続編とスピンオフを作るつもりで案を用意していたそうで、以前のネットなどの発言からすると、このスピンオフは由希と麻希を主人公にしたものだった模様。

残念ながら「そこまでのヒットではなかったので」代わりに2人を主人公にしたオリジナル作品を企画。ヒロイン2人の名前は、『さよならくちびる』と同じ由希と麻希。「日高さんの歌声が素晴らしかったので」という理由で、麻希の音楽の才能に惚れ込んだ由希がバンドを結成して…という基本プロットだけ決めて、オープンエンド(=結末を決めない)で書き進めたところ、監督本人も「書き終わって唖然とした」というかなり過激なストーリーと結末となった。それが今回の『麻希のいる世界』だ。

3年前まで清楚さを売りにするアイドルだった2人だが、監督は「あの2人なら演じられると思いました。俺が当て書きしたんだし」と言い切る。ベテランの塩田監督にそこまで信頼される2人はいったい何者なのか?

知られざるアイドル界の名門校

新谷ゆづみと日高麻鈴は、今年8月をもって「閉校」したアイドル「さくら学院」の卒業生。「さくら学院」は、名門私立校のような制服で、「Perfume」の振り付けやリオ五輪閉会式の演出で知られるMIKIKO氏直伝のダンスを踊るアイドルユニットだが、それに留まらず、芸能事務所アミューズのタレント育成機関としても機能していた。過去、武藤彩未(歌手)、三吉彩花(女優、モデル)、松井愛莉(女優、モデル)、「BABYMETAL」(メタルダンスユニット)、佐藤日向(声優アーチスト)など多くの人材を輩出。

新谷ゆづみと日高麻鈴は、この「さくら学院」の活動を通して、在学中に何度か演技力を競う機会があり、その中で「女優になりたい」という夢を現実の目標に置き換えていった。

「さくら学院」は、リアルな学校と同じように毎年の決まった行事があり、5月初旬に転入式、秋に学院祭、3月末に卒業式が行われ、転入式や学院祭では、「ホームルームコント」と呼ばれる、学校のホームルームを舞台にした、ちょっとしたお芝居が行われる。また、学院祭では「サクラデミー賞は誰だ?」と題した即興芝居のコンテストもある。

初期は学芸会のようなコントだったが、2人が在籍していた頃は本格的な青春ドラマが上演され、即興芝居では、アドリブや乱入ありの演技勝負で2人は優勝争いを繰り広げた。これが『さよならくちびる』のキャストを探していた塩田監督の目にとまったのがそもそもだった。

撮影現場は戦いのリングだった

ワールドプレミアの舞台挨拶の中で、初めての主演について、新谷さんは「監督は本当に優しくて、今の自分の気持ちで自由に動いてごらんと」、日高さんは「ただもうガムシャラでした」と述べた。

しかし塩田監督に言わせると、「照明とカメラがあって“ここで演技してください”、と伝えても2人は止まらない。しかも、新谷さんからは“私はあそこで止まりたくなかった”なんて言ってるのが聞こえる。しかたがないので、照明とカメラを動かして場所を広くして、ここでやってください、と」と我が道をゆく新人女優2人を暴露。

さらに、2人の演技のぶつかり合いをボクシングに例えて「戦略を立てて指示をするけど、選手はリングの中央しか見ていない。新谷さんはそれでも話すとうなずいてくれるけど、日高さんは聞いているのかもわからない。しょうがないからゴングを鳴らすと、“まだスパーリングだから”と言っているのにバチバチで(笑)。僕はリングを用意してセコンドとしてアドバイスはするけど…(カメラが回り出したら見守るしかない)」と、2人の戦いぶりを嬉しそうに語った。

この2人の演技バトルは、もしかするとリングを変えてまだまだ続くのかもしれない。

『麻希のいる世界』は2022年1月29日(土)より渋谷ユーロスペース、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開。

※日高麻鈴の「高」は正しくは「はしごだか」

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