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俳優・斎藤工がウルトラマンに重ね合わせる「現代における日本の役割」 | Web Voice

写真:キムラタカヒロ

今年5月13日(金)、公開前から話題を呼ぶ映画『シン・ウルトラマン』がついに封切られる。企画・脚本は庵野秀明氏、監督は樋口真嗣氏。数々の作品を世に送り出したタッグが再び手を組み、国内外で愛され続けているウルトラマンを新たな視点で描く。

舞台は超自然発生巨大生物「禍威獣(かいじゅう)」の脅威にさらされる日本。立ち向かうのは、防災庁の専従組織「禍威獣特設対策室専従班」、通称、禍特対(かとくたい)だ。個性的なメンバーが集結するなか、作戦立案担当官の神永新二は、「ウルトラマンになる男」でもある。

同作で主人公の神永を演じた斎藤工さんが、コロナ禍とウクライナ戦争という混迷を極める時代に本作を届ける意味、共演した西島秀俊さんとの秘話、俳優としての今後について語る。

<聞き手:編集部・中西史也、ヘアメイク:くどうあき、スタイリスト:三田真一(KiKi inc.)>

※本稿は『Voice』2022年6⽉号より抜粋・編集したものです。

 

ウルトラマンから学ぶ日本の立ち位置

――『シン・ウルトラマン』では、禍威獣という脅威に人類が立ち向かいます。現実世界に目を向けると、コロナ禍やウクライナ戦争など混迷期にあるといえますが、いま本作を上映する意味をどう感じていますか。

【斎藤】現在の情勢と結びつけるのは難しいと思いつつも、この映画が期せずしていま封切られることには大きな意義があると痛感しています。

撮影が始まったのは2019年で、本来であれば2021年に上映される予定でした。でも、コロナ禍の影響でこのタイミングになった。僕自身、パンデミックを経たからこそ見えてきた景色があるし、観てくださる方々の捉え方にも、何がしかの変化が生まれるはずです。

また、僕はウルトラマンという外星人と人間の「狭間」に立つ存在を、いまこそ見つめ直すべきだと感じているんです。『シン・ウルトラマン』に登場するような外星人の立場から現在の地球を見たとき、人類は愚行を繰り返しているし、決して進化しているとはいえないでしょう。

人間は地球の内と外で線を引いて、その内部で争いを続けています。だからこそ、地球の外の目線ももつウルトラマンの二面性の意味が増すはずです。

いまの日本が、世界のなかでどのような立ち位置にいるべきかについても考えさせられました。日本だからこそ、ウルトラマンのように狭間に立って果たせる役割があるのではないか。僕はそう考えています。

 

ウルトラマンはまるで石仏?

――キャラクターとしてのウルトラマンをめぐっては、さまざまな考察がなされます。斎藤さんは映画評論家としての顔もおもちですが、評論的な文脈からはウルトラマンをどんな存在だと捉えていますか。

【斎藤】ある種の神話的な象徴ではないでしょうか。僕は十代の終わりにバックパッカーとして世界を巡った際、東南アジアの寺院で見かけた石仏とウルトラマンの姿が重なって映りました。ウルトラマンの穏やかな表情を見ていると、思わず拝みたくなるほどです。

さらにいえば、ウルトラマンの外見はジェンダーレスで、「今風」とも捉えられるでしょう。特撮の歴史を象徴する印象をおもちの方も多いでしょうが、じつは現代的、ひいては未来的だといえるのではないでしょうか。

――エンタメ作品を通して多様な視点を身につけることができる。『シン・ウルトラマン』はその象徴のような映画なのかもしれませんね。

【斎藤】おっしゃるように、映画を介するからこそ得ることができる、ものの見方があるはずです。昨今の情勢に絡めていえば、先日「ウクライナ映画人支援上映 有志の会」というプロジェクトが発足したのですが、僕も賛同人の一人としてコメントを寄せました。

また、かつてウクライナで撮影された映画の名作『ひまわり』(1970年)を再上映する動きが全国で広がっています。僕はこのようなウクライナ関連の映画だけではなく、アレクサンドル・ソクーロフやアンドレイ・タルコフスキーといったロシアの監督の作品からも感化されてきました。

いま、ウクライナとロシアそれぞれの視点から描かれた映画を観ることで、ニュースで知る以上の価値が得られるのではないでしょうか。

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