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音が語る、日本映画の黄金時代 映画録音技師の撮影現場60年 紅谷愃一(べにたに・けんいち)著:東京新聞 TOKYO Web

◆巨匠、名優からの厚い信頼
[評]太田和彦(作家)

 スタジオでも野外ロケでも映画の撮影現場には、大型ヘッドホンを耳に、さまざまな録音機材を置いた机に静かに座る録音技師が必ずいる。

 著者は録音の世界に入ってすぐ黒澤明監督の『羅生門』について以降、日活では石原裕次郎や小林旭の出現に立ち会い、一本立ち技師となってからは蔵原惟繕(これよし)、浦山桐郎(きりお)、藤田敏八(としや)、深作欣二、熊井啓ら力ある監督の信頼を受け、黒澤明には一九九〇年の『夢』以来つねに指名されるようになる。とりわけ日活の助監督時代から注目した今村昌平には作風人柄ともに傾倒し、ほとんど全作を担当した。

 今村がこだわったのは現場の生々しさを重視した「同時録音」だ。撮影後にスタジオでせりふや効果音を入れるアフレコはしない。同録、それも野外ロケとなれば事態は一変。電源はあるか、自然音の選択は、邪魔な自動車やヘリコプター音の来襲をどうするか、大暴風雨シーンで言葉はひろえるか。リハーサルを重ねた俳優の「入魂のせりふ」は二度できるものではなく、緊張感は極度になる。

 映画を見るとき、俳優や美しい画面には注目しても録音の妙に気付くことはまずない。しかし技師の「サウンドデザイン」は、脚本を読み、監督の意図を知り、風鈴の一音も、蒸気機関車のごう音も、トンネルの反響も、あえて無音もその作品の演出なのだ。

 騒然たる撮影現場で一人動かず耳を澄ます録音技師は冷静な判断者でもある。森谷司郎監督『海峡』で高倉健と吉永小百合の長い一シーン一カットにかすかな雑音を感じ、OKが出た瞬間すかさず「もう一回」と注文。断る監督に「これは使えない、ではアフレコにしますか」と答え現場は静まりかえった。しかしややあって高倉は「やりましょう」と言った。

 巨匠監督や多くの名優から信頼厚かった人の現場談は、映画撮影とはかくも大変なものかを詳細に伝えて貴重だ。これからは「音」に注目して映画を見よう、それはさらにその作品を豊かに見ることになるだろう。

(河出書房新社・2970円)

1931年生まれ。大映京都撮影所、日活撮影所を経てフリーの映画録音技師。 

◆もう1冊

林土太郎著『映画録音技師ひとすじに生きて 大映京都六十年』(草思社)



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